ラフマニノフで比較的弾きやすいピアノ曲3選

「ラフマニノフを弾いてみたい。でも、難曲ばかりで手が出せない……」
重厚な和音、広い音域を駆け巡るパッセージ、複雑に絡み合う声部――。
ラフマニノフのピアノ作品には、高度な演奏技術を必要とする曲が数多くあります。
しかし、すべてが超絶技巧を必要とする作品というわけではありません。
美しい旋律をじっくり歌わせる作品や、比較的穏やかなテンポで書かれた作品など、ラフマニノフの中では挑戦しやすい曲もあります。
今回はその中から、ラフマニノフらしい魅力をしっかり味わえて、比較的取り組みやすいピアノ曲を3曲選びました。
※ここでの「弾きやすい」は、ラフマニノフのピアノ作品の中で比較した場合のものです。決して技術的に簡単な作品という意味ではありません。
1. 前奏曲 ト長調 Op.32-5
Prelude in G major, Op.32 No.5
まずおすすめしたいのが、《前奏曲 ト長調 Op.32-5》。
ラフマニノフというと、暗く重厚でドラマティックな音楽を思い浮かべる人も多いかもしれません。
しかし、この作品から聞こえてくるのは、それとは少し違った穏やかで透明感のある世界です。
柔らかく流れる伴奏の上に、美しく伸びやかな旋律が浮かび上がります。
技巧を前面に押し出した作品ではなく、演奏で大切になるのは、伴奏を軽やかに保ちながら旋律を自然に歌わせること。
さらに、ラフマニノフらしい豊かな和声を濁らせずに響かせるためには、丁寧なペダリングも求められます。
速さや音量で圧倒するタイプの作品ではありませんが、音色やフレージングを工夫するほど、その美しさが際立ちます。
「初めてラフマニノフの前奏曲を弾いてみたい」という人にもおすすめしたい一曲です。
2. 楽興の時 第5番 変ニ長調 Op.16-5
Moments musicaux No.5 in D-flat major, Op.16 No.5
全6曲からなる《楽興の時 Op.16》の中からは、第5番を選びました。
猛烈な勢いで駆け抜ける有名な第4番とは対照的に、第5番はゆったりとしたテンポで進む穏やかな作品です。
静かな響きの中に、ラフマニノフらしい豊かな和声と美しい旋律が広がります。
テンポが速くなく、大規模な超絶技巧も前面には出てこないため、《楽興の時》の中では比較的取り組みやすい一曲。
ただし、ゆっくりだから簡単というわけではありません。
複数の声部のバランスを整え、旋律を自然に浮かび上がらせながら、長いフレーズをひとつの流れとして作っていく必要があります。
指を猛烈に動かす難しさとは違う、**「ピアノを美しく響かせる難しさ」**を感じられる作品でもあります。
前奏曲以外からラフマニノフに挑戦してみたい人にもおすすめです。
3. 幻想的小品集 ― 前奏曲 嬰ハ短調 Op.3-2《鐘》
Prelude in C-sharp minor, Op.3 No.2
最後は、ラフマニノフを代表する名曲《前奏曲 嬰ハ短調 Op.3-2》。
日本では《鐘》の愛称でも広く知られています。
冒頭から響く重々しい和音。
その響きだけで、一瞬にしてラフマニノフの世界へ引き込まれます。
中間部では音楽が次第に動きを増し、やがて巨大な和音が鳴り響く圧倒的なクライマックスへ。
今回紹介する3曲の中では、最も力強く、ラフマニノフらしい重厚な響きを体験できる作品です。
有名な作品だけに非常に難しい印象を持つかもしれませんが、ラフマニノフのさらに高度な作品と比較すれば、技術的には挑戦しやすい部類に入ります。
とはいえ、美しく仕上げるのは決して簡単ではありません。
厚い和音を十分に響かせながら旋律を浮かび上がらせること、中間部の動きをコントロールすること、そして作品全体を大きなクライマックスへ導いていくこと。
単に大きな音で弾くだけでは、《鐘》が持つ荘厳さや緊張感は生まれません。
比較的取り組みやすい作品でありながら、「ラフマニノフを弾いている」という醍醐味を存分に味わえる一曲です。
ラフマニノフへの最初の一歩に
今回紹介した3曲は、それぞれ違ったラフマニノフの魅力を持っています。
**《前奏曲 ト長調 Op.32-5》**の、穏やかで透明感のある美しさ。
**《楽興の時 第5番 Op.16-5》**の、深く豊かな響き。
**《前奏曲 嬰ハ短調 Op.3-2「鐘」》**の、重厚でドラマティックな世界。
同じ作曲家の作品でも、その表情は大きく異なります。
もちろん、「比較的弾きやすい」とはいっても、そこはラフマニノフ。
旋律と伴奏のバランス、内声のコントロール、豊かな和音、ペダリングなど、作品を美しく仕上げるためにはさまざまな技術が必要です。
それでも、ラフマニノフの難曲を前に「自分にはまだ無理」と諦めてしまう必要はありません。
まずは自分の得意なタイプに合った一曲から。
憧れのラフマニノフを、“聴く音楽”から“自分で奏でる音楽”へ。
その最初の一曲を、ぜひ見つけてみてください。